相続コラム
相続時精算課税制度がおすすめのケースは?メリットデメリットも解説
相続時精算課税制度のメリットとデメリットを紹介します。相続時精算課税制度は使い方次第では素晴らしい効果を発揮します。
一方でいったん選択すると後戻りできないなど、取り返しのつかないリスクも潜むのが相続時精算課税制度の難しいところ。
今回は相続時精算課税制度の利用価値が見込める具体的なケースも紹介しますのでぜひ参考にしてください。
相続時精算課税制度とは
相続時精算課税制度は最大2,500万円の非課税枠が与えられる贈与の仕組みです。
2,500万円分の非課税贈与券が入った箱を渡されたとして、贈与の合計が2,500万円に達するまでは、どれだけ贈与しても贈与税はかからないというイメージを持つとわかりやすいです。
2,500万円を超えた分の贈与には一律20%の税率が課されます。
2,500万円を超えた分の贈与に対しては、通常の贈与税率ではなく一律20%の税率がかかるのです。
具体例をみてみましょう。
父から息子へと不動産購入資金のため3,000万円の現金贈与がされたとします。相続時精算課税が適用されると3,000万円から非課税枠である2,500万を差し引いた、500万円が課税対象になります。そして残りの500万円には一律20%の税率がかかります。500万円の20%なので、とりあえず100万円の税金を納める必要があるわけです。「とりあえず」とあえて書いたのには理由があります。これについては後述します。
2,500万円の非課税枠は規模としてかなり大きいです。
また、一律20%の税率を高いとみるか低いとみるかですが、通常の贈与の場合、贈与額が1,000万円を超えると40%以上の税率がかかってきます。
20%の税率は高いとはいえないです。
ここまでの段階では、相続時精算課税制度は間違いなくお得な制度です。非課税枠は2,500万円と大きいですし、税率20%も通常の贈与にくらべると控えめです。
ですが話はそんなに単純ではありません。相続時精算課税制度は一部のひとが想像するような甘い制度ではないのです。
というのも相続時精算課税制度が適用されると、贈与された財産の金額が将来の相続財産にそのまま計上されるからです。
贈与時に大目にみてもらった2,500万円の部分は、結局のところ、将来の相続財産にプラスされてしまいます。
もうひとつ具体例をみてみましょう。
父から息子へと不動産購入資金のため2,500万円の贈与がされたとします。相続時精算課税が適用されると「2,500万円-2,500万円=0円」で贈与時の納税はゼロ円、つまり無税で済みました。その5年後に父が死亡します。相続の発生です。父にはかつて贈与の対象となった2,500万円以外にも、3,000万円の預貯金がありました。さて相続時の父の相続財産はいくらでしょう? 正解は3,000万円ではありません。過去の贈与額である2,500万円を足した、5,500万円が相続時の相続財産として扱われるのです。このように相続時にかつての贈与のぶんも含めて精算されるため、相続時精算課税と呼ぶのです。特定の財産のみ先取りして相続するイメージです。
多くのひとはここで疑問に思うはずです。
贈与時にいったん非課税の扱いを受けたとしても、将来的に相続税として課税されるなら、相続時精算課税の存在意味はどこにあるのだろうと疑問に思います。
そう疑問に感じるのはもっともです。事実、相続時精算課税を使っても節税対策には効果がない場合もあります。
むしろマイナスに働くケースすらあります。2,500万円の非課税枠に釣られて、安易に相続時精算課税を利用すると痛い目に合うので注意が必要です。
では相続時精算課税の利用価値はどこにあるのでしょうか。
相続時精算課税の利用価値があるケース
相続時精算課税がうまく機能するいくつかのケースをご紹介します。
- 1住宅取得や起業のための資金として一時にまとまった額の財産を贈与したいケース
- 2相続時には遺産の額が基礎控除額以下と予想される場合で早期に財産を移転したいケース
- 3所有している財産の評価額が将来確実に上昇すると見込まれるケース
住宅取得や起業のための資金として一時にまとまった額の財産を贈与したいケース
住宅取得資金や起業資金など、ある特定のタイミングでまとまったお金が必要になるケースでは、相続時精算課税の利用価値が高まることもあります。
住宅購入や起業はタイミングが大切です。暦年贈与で時間をかけて贈与を受けている暇はありません。だからといってまともに贈与すると莫大な贈与税がかかります。
将来的には相続税として納税する結果になるとしても、起業のタイミングで税金の支払いに足を引っ張られるのは避けたいでしょう。
非課税が一時的にすぎないとしても、ある場面では助けになるケースもあります。
住宅取得資金については住宅購入目的の贈与に特化した住宅資金贈与の制度がありますので、そちらを優先して検討するのがベターかもしれません。
一方で起業資金準備のケースでは、相続時精算課税を前向きに検討する余地があるといえます。
相続時には遺産の額が基礎控除額以下と予想される場合で早期に財産を移転したいケース
(相続時精算課税の適用下で)最終的に贈与した額が相続財産に計上されるとしても、そうすることで結果的に課税額を低く押さえることができるケースもあります。
まず押さえておきたいポイントは相続税における基礎控除の存在です。相続税の算出過程では、少なくとも3,600万円以上の基礎控除が無条件で使えます。
つまり仮に贈与時の価額が相続財産評価額にプラスされるとしても、プラスした結果が3,600万円以下なら相続税の支払いはゼロになるのです。
このケースでは贈与時に2,500万円分の贈与税のカットができて、なおかつ相続税も支払わなくて済む結果になります。
贈与対象となる財産以外に、被相続人がたいした財産を保有していないケースでこの狙いはうまく機能するでしょう。
特に検討をおすすめしたいのが、被相続人が賃貸を営んでいて、家賃収益を生む不動産を所有しているケースです。
被相続人が賃貸不動産を所有している場合、(赤字経営でない限り)時間の経過とともに被相続人の相続財産はプラスへと累積します。
この状態を放置するならば、将来の相続税評価額が膨らみ続け、結果として基礎控除では収まらないどころか、最終的な納税額が甚大になりかねません。
相続時精算課税を使い早期の段階で賃貸不動産を移転しておけば、相続税評価額の膨張をふせぐことができます。
贈与を機会として所有権が子供あるいは孫に移転してしまえば、もはや被相続人の財産とはカウントできず、家賃収入は子供あるいは孫の収入として扱われるからです。
所有している財産の評価額が将来上昇すると見込まれるケース
贈与された財産が値上がりするケースでは、相続時精算課税の利用価値は高くなります。相続時精算課税では、贈与した財産の価額を将来の相続財産にプラスして計算します。
しかしここで問題になるのが、贈与対象となった財産の評価額はどの時点での評価額かという論点です。
これについては「贈与時」の評価額が基準になるとされています。贈与した株式が相続時に5,000万円の値がつくとしても、贈与時の評価額が1,000万円に過ぎなかった場合、相続財産の申告段階ではプラス1,000万円として処理すれば足りるのです。
贈与財産の値上がりを的確に予測できれば節税につながります。もっともある財産の価値の変動を読むのは難しいのが通常です。
それゆえ多少ギャンブル的な要素を含む相続時精算課税の利用ケースではあります。
相続時精算課税が活用できる対象
相続時精算課税が利用できる主体は以下の者に限られています。
贈与者
贈与年の1月1日の時点で満60歳以上の父母あるいは祖父母が適用対象です。
受贈者
贈与年の1月1日の時点で満20歳以上の推定相続人である子供あるいは孫が適用対象です。
なお、贈与する財産の種類に制限はありません。現金でも不動産でもその他の財産でも構いません。
相続時精算課税のメリット
相続時精算課税のメリットをまとめておきます。
- 非課税枠の規模が大きい
- 贈与の目的に限定がない
- 贈与対象の財産に限定がない
- 相続税の基礎控除内で収まると税金ゼロ
- 贈与時の評価額が基準
目的や対象財産に限定されず2,500万円もの非課税枠が得られる点は大きなメリットです。
贈与したぶんの評価額があとで相続税評価額にプラスされるとしても、最終的に相続税の基礎控除内にとどまるかぎり税金面のリスクは回避できます。
さらに相続時にプラスされる金額は贈与時の評価額が基準になりますので、将来的に確実に値上がりを見込める財産を贈与すれば大きな節税効果を得られます(逆に価値が下がる財産を贈与してしまうと損をします)。
使い方次第では、不動産共有トラブルのリスクを取りのぞけるなど、ほかにもメリットはたくさんあります。
しかし多少なりともデメリットもともなうので、相続時精算課税を有効活用するには税理士への相談が必要不可欠となります。
相続時精算課税を使うとお金が還付される?
相続時精算課税を使うと国からお金が還付されるケースもあります。あくまで還付となりますので得をするわけではありません。
2,500万円を超える贈与には、超えた額につき一律20%の税金がかかるのでしたね。3,000万円の贈与だと500万に20%の税率がかかり、贈与時に100万円を納付することになります。この100万円は最終的に納付済みの相続税として扱われます。
相続税の必要納付額が120万円だとすると差額ぶんの20万円を納付すれば足りるのです。必要納付額が70万円なら税金の払い過ぎになりますので、差額である30万円の還付を受けることができます。
相続時精算課税のデメリット
相続時精算課税の主だったデメリットをお伝えしておきます。
相続時精算課税は使用の前にそのデメリットを確認しておかないと、後で後悔する可能性があります。検討の際は必ず税理士に相談しましょう。
- 暦年贈与が使えなくなる
- 小規模宅地等の特例が使えなくなる
- 税務署への申告が手間
暦年贈与が使えなくなる
相続時精算課税を一度選択すると暦年贈与が使えなくなります。暦年贈与はひとりあたり110万円までの贈与が非課税扱いになる、使い勝手の良い制度です。
お馴染みのひとも多いと思います。相続時精算課税と違ってこちらはストレートに節税対策につながります。
110万円については完全に非課税です。相続時精算課税のようにあとで請求されることはありません(死亡直前3年間の贈与はのぞく)。
1回の贈与に与えられる非課税枠は小さいものの、時間をかけて毎年贈与を実践すれば確実に相続財産を減らせるのです。
妻と子供と孫の3人に毎年110万づつ贈与を継続すれば、10年間で3,300万円分の節税になります。暦年贈与は根気さえあればかなりお得な制度なのです。
しかし残念なことに、相続時精算課税を一度選択してしまうと暦年贈与は二度と使えなくなります。あと戻りできないのです。
ただ、父親からの息子への贈与と母親から息子への贈与は別個に扱われます。父親・息子間で相続時精算課税を利用しつつ、母親から息子への贈与は暦年贈与にするのはありです。
いずれにせよ暦年贈与が使えなくなるデメリットがある以上、相続時精算課税の導入には慎重な態度が望まれます。
小規模宅地等の特例が使えなくなる
小規模宅地等の特例は敷地の相続税評価額を最大で80%カットできる優れものです。しかし相続時精算な課税を利用すると、小規模宅地等の特例が使えなくなります。
小規模宅地等の特例は土地を「相続した」場合に適用される特例であるところ、贈与をしている時点でもはや相続のされようがないからです。
贈与の時点で所有権は完全に移転します。理論上、自分の所有する土地は相続できません。 相続時精算課税で土地を贈与するときは最大限の注意を払う必要があります。
基礎控除と並んで最大規模の控除である小規模宅地等の特例を失うわけですから、相続時精算課税の最大のデメリットといっても過言でないです。
税務署への申告が手間
もうひとつ、相続時精算課税のデメリットとして挙げるなら手続きの煩雑さです。
相続時精算課税を利用すると、以後、どんな少額の贈与であっても都度税務署に申告する必要があります。
暦年贈与では110万円以下の贈与は申告不要の扱いだったのに対して、相続時精算課税では10万円の贈与であっても毎年申告しないといけないのです。
この申告を怠ると相続時精算課税として非課税の処理をされないどころか、普通の贈与とみなされ通常の贈与税が課されます。
申告を怠ったペナルティーで延滞税や加算税ものしかかる恐れがあります。そうなると目も当てられません。
まとめ
相続時精算課税には、
- 非課税枠の規模が大きい
- 贈与の目的に限定がない
- 贈与対象の財産に限定がない
- 相続税の基礎控除内で収まると税金ゼロ
- 贈与時の評価額が基準
などの特徴があり使い方次第では大きなメリットがあります。
しかし、
- 暦年贈与が使えなくなる
- 小規模宅地等の特例が使えなくなる
- 税務署への申告が手間
といったデメリットも潜んでいます。
暦年贈与と小規模宅地等の特例が使えなくなるデメリットは特に慎重に考えるべきでしょう。いったん相続時精算課税を選択すると二度と後戻りできませんから。
相続時精算課税はどちらかというとプロ仕様の制度です。うまく機能するケースもあるのですが、使う使わないの判断が難しいのです。
相続時精算課税を検討の際はぜひとも税理士に相談しましょう。
沖田豊明 プロフィール
不動産と不動産の税務の専門家の両立場から不動産オーナー様の賃貸経営や相続税の申告・税務アドバイスを行っている。
また、最近は自らも不動産賃貸経営を行い、その実務経験を基に、サラリーマン大家さんの不動産投資に関する税務申告やアドバイスを行っている。
円滑な相続・資産承継を目的とした家族信託についても手掛けている。
各税理士会の支部研修等における講師業務も年間約50件程度行っている。
共著:『社長の節税と資産づくりがこれ一冊でわかる本』/『相続手続きと生前対策ハンドブック』など